こんにちは、コラージュニスト沙織です。
ブログ内で徒然エッセイを日々更新しております!
今日は東日本大震災から丸13年。
「あの日を忘れない。」記憶にまつわるエッセイをお届けいたします。
「魔法のリップクリーム」
10歳の頃、お気に入りのリップクリームをなくした。ケースにかわいい絵柄が付いていて、塗るとほんのりピンク色で、少しだけ大人びた気分になれる魔法のリップクリームだ。 母のたんすの一番上の引き出しにある、鮮やかなシャネルの口紅とは比べものにならないけれど、お小遣いでこっそり買ったリップクリームは、女の子の象徴みたいで密かなお気に入りだった。 けれど、いつの間にかなくしてしまった。どこを探しても見つからない。 なくしたものが出てくるおまじないは全部試したし、おみくじには「失せもの出る」と書いてあったのに、結局ずっと見つからなかった。 10数年後、新卒で入社した会社はプロも愛用する機能的な化粧ポーチを作る会社だった。当時、女性らしい洋服や化粧品をほとんど持っていなかった私は、メイク道具一式を揃えるためにデパートの化粧品売り場へおずおずと出掛けた。 すぐに目についたのは、シルバーの綺麗なケースに入った桜色の口紅だ。 お人形さんのような顔をした美容部員さんが「塗ってみますか」と微笑んできたので、静かにうなずきブラシで桜色を塗ってもらった。 鏡をのぞき込むと、なんとも照れくさくてこそばゆい気持ちになった。 しばらく悩んでから「これください」とお願いして、小さな紙袋を手渡された時は妙にうれしく、急に大人びたような気がした。 ふと「あれ、この感覚なんだっけ?」と思った。まるで大人の階段を一段のぼるようなこの高揚感は、あのリップクリームを買った時と同じものだ。そう、このときめく感覚が欲しくて買ったのだった。 あの頃ずっと探していたなくしものは、大人の女性に憧れてときめいた純粋な感覚そのものだったかもしれない。 10年越しに見つけた「リップクリーム」は、母の口紅のような花の香りがした。 あれからまた10年。 なくしたものというのは、実はタイムカプセルなのでは?と思っている。 人生で何度でも思い出したい大切な感覚を、美しく保存しておくための記憶装置にちがいない。
■このエッセイは2017年に河北新報「まちかどエッセー」に掲載されたものです
-追記-
これまで表現してきたエッセイや作品に添える詩を改めて読み返してみると、「記憶」にまつわるものが多いことに気が付く。それは沙織という作家が「書く=描く」という行為を通して内面に隠れているものを表出し、そこから記憶をたどることで人生の答え合わせをしているからだと思う。 幼少期など「言語化」がままならない頃に『たしかに感じていることがあったのだけどうまく言葉にならず、心の奥深くに仕舞い込んで見過ごされてきた感覚』がたくさんあると、大人になってからその感覚を再体験するような出来事を神様は引き起こしてくれる。大人の私がその感覚や感情を改めて言語化し理解することで、子供の頃の私が心底納得&満足して、置いてけぼりにされた感情がす〜っと溶けていく感じがするのです。 また、「色」というのは感覚と密接に結びついているので、顕在意識ではすっかり忘れているような核となる感情と繋がりやすい性質がある。そういう意味では「色」というのは、一旦おあずけにしていた感覚を呼び覚ますのにうってつけの「記憶の栞」になっているのだ。 だから私は色が好き。 タイムカプセルを見つけることで「私は本当はどんなことを感じている人物なのか」をもっとよく知りたいと思うし、このブログを読んでくださるみなさんもきっと、人一倍「自己理解」への欲求は強いのではないでしょうか。 不思議なことに自分のタイムカプセルがひらくと、自ずと関わる人のタイムカプセルもひらいて溶けていくので、もし何か「懐かしい」と感じる出来事が起きたときには、そのままスルーしないでじっくり味わってみてくださいね。
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