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「呼吸する服を纏おう」


さて、久しぶりにエッセイの更新をします。

年々、五感が鋭くなっていくにつれ、洋服や食べ物、香り、空間や人々が纏う「空気感」を敏感に察知するようになりました。

今まで大丈夫だったものも、40過ぎた頃から身体が全く受け付けなくなることが続いています。

身体は正直。

頭がどんなにYESと言っても身体がNOと言えば、それはやっぱりNOなのです。

そんなお話。

「呼吸する服を纏おう」

あれは一目惚れだった。

とっても上質な素材で仕立てられたワインレッドのジャケット。

アンゴラとシルクで織られた生地は軽やかであたたかく、ベルベットのような光沢が美しい一着。

サイズもぴったりで似合ってる。

見た目の好みにやられたせいで高揚感から吟味を怠り、試着もそこそこに連れ帰っていた。

季節がめぐり、そろそろあのジャケットを着ようと出してきて羽織ったとたん

「……?……なんか重い…首も肩も頭も重くなってきた…」
呼吸が出来なくなる。

こんなに軽いのに、やけに首と肩が重い。

肩幅も合ってるし仕立ても良いけど、伸縮性とか可動域とか何かわずかに身体と合ってないのかな?
それともアンゴラの静電気かな?裏地との相性かな?

なんて思いながら色んな着方を試したり、ジャケットに詳しい方にサイズを見てもらったり、静電気対策をしてなんとか羽織れるよう工夫してみた。

でもやっぱり羽織ったとたんに「苦しい」のだ。
脱ぐと呼吸が復活する。

諦めの悪いわたしはなんとかこの素敵なジャケットを着たくて、リフォームでジレにしていただくことにした。

これでようやく肩の可動域を気にせず羽織れる。

でもそのジレも羽織ってみたら…やっぱりだめだった…(絶望)

呼吸が浅くなり、めちゃくちゃ息苦しくなる。

なぜ⁇

そこでわたしは変な好奇心が湧いて、超もったいないけどジレを解体してみることにした。

そこでわかったこと。(感じたこと)

【この服は息をしていない】

裏地を外してみたらアンゴラとシルクの上質な生地の裏に、べったりと化繊の接着芯が貼られていた。

Google先生が教えてくれた方法で接着芯を剥がしてみたら、かたまった糊がこびりついたまま全然取れない。

このままじゃ生地がかわいそうなので時間をかけて全部接着芯をはがして、できるかぎり糊をとってあげることにした。

大部分の糊をとった生地を窓辺にかざすと、タテ糸とヨコ糸の隙間から光が透けてキラキラ光った。
ようやく生地本来の姿を見せてくれたと思った。

こんなのが貼り付いてたんじゃ、息ができなくて苦しかったね、

と私が言うと

かすかに「苦しかった」とアンゴラのかなしい声が聞こえた気がした…

その状態で羽織ってみたら、ずいぶん軽くはなったのだけど、

残念ながら生地は息をふきかえさなかった。。。(泣)

思い返してみると、ウールやレザーなど動物性の素材を着ると身体が重くなることが度々あった。
(ものによって大丈夫な服もある)

洋服に無頓着だった私はあまり気にすることなく我慢して着てたけど、身体は何かを察知してNOと言ってたんだなぁ〜

動物性の素材はもしかしたら生産過程で倫理に反するよろしくない工程を含んでいるのかもしれないし、

素材が良くても、仕立ての過程でタグに表示されない化学物質が含まれていたのかもしれないし、

何かしらが私の身体とは合わなかったのだろう。

ただひとつだけ明らかなこと。

【あの服は、呼吸をしてなかった】

【息をしていない服を纏うと、身体が重くて苦しくなること】

それが解体の結果、わかったことだった。

……

この経験から

わたしは着るものも、一緒に過ごす人も、身を置く場所も、

そして作品も、呼吸が深くなるようなものを選ぶことにしている。

どんなに見た目が素敵なものでも、その裏側が苦しいものは身体が我慢できなくなっている。

もっともっと軽やかに

もっともっと深呼吸できるものを創造していきたい。



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